小2で1型糖尿病と診断、高校生でエアロビック競技世界チャンピオンに。病気とともに歩んできた大村詠一さんの思いとは

子どもの頃は病気と向き合いきれず、悩んだこともあったそう。転機となったのは、小学5年生のときの担任との出会い。病気を受け入れ、自身の状況を前向きにとらえられるようになるまでの様子を教えてもらいました。
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始まりは「普通の風邪」。ランドセルを持ったまま即入院へ
1型糖尿病とは、本来であれば細菌やウイルスなどの外敵から体を守ってくれるはずの免疫システムが、誤ってすい臓のインスリン分泌細胞(β細胞)を攻撃・破壊してしまう“自己免疫反応”によって起こる病気です。ウイルス感染などが発症のきっかけになると考えられています。
1型糖尿病を発症すると、血液中の糖(ブドウ糖)を細胞に取り込ませてエネルギーとして使えるようにするインスリンがほとんど(あるいはまったく)分泌されなくなることで高血糖となり、口渇や多尿、体重減少などの症状が現れます。
現代の医療において「完治」は困難ですが、国の指定難病には認定されていないというのが実情です。
大村さんが1型糖尿病と診断されたのは、小学2年生の終わり頃、8歳の誕生日の翌日でした。きっかけは、誕生日の前の週の体調不良。そのときの症状は体のだるさや鼻水などで、「普通の風邪」のようだったといいます。
「あえて気になるところを挙げると、とにかくのどが渇いたのが気になりました。水をがぶがぶ飲んでいたし、トイレに頻繁にも行っていました。さらに8歳の誕生日当日、せっかくの誕生日ケーキを少し食べただけで、気持ち悪さに襲われて、ほとんど食べられませんでした」
誕生日の翌朝、学校には遅刻の連絡をして、登校前に病院へ行きました。本人は「ただの風邪だろう」と軽い気持ちでしたが、母親が医師に、多飲多尿の症状などを伝えたところ、血液や尿を検査することに。
医師から「1型糖尿病(当時の病名は小児糖尿病)の可能性がある」と告げられ、精密検査ができる救急病院に送られることになりました。到着して検査すると、500 mg/dL を超える値が出たのです。
子どもの正常な血糖値の目安は、食後2時間で90〜180 mg/dL(日本小児内分泌学会の目標値)と言われています。当時の大村さんの血糖値は、極めて危険な高血糖状態でした。
「朝の時点では、診察が終わったら、そのまま学校に行くつもりでランドセルも持っていました。それがあれよあれよという間に入院することになって大騒ぎに。今、誕生日前後のことを振り返ってみると、糖尿病の症状のひとつである『多飲多尿』が出ていたのでしょう。糖尿病になると、インスリンの働きが不足し、血液中に糖が過剰になるんです。体は糖を尿と一緒に排出しようと多尿が起きます。その結果、水を補おうとのどの渇きを感じ、大量に水分を飲むように。気持ちが悪くてケーキが食べられなかったのも高血糖の影響が出ていたのだと思います」
即入院となり、2か月間、病院で過ごすことになった大村さん。入院中は院内学級(病気やケガで入院する小・中学生のため、病院内に設置された学校・学級のこと)に通いました。
自分の病気のことをまだきちんと理解していない状態でした。
「移動式点滴スタンドを付けたまま、病院のあちこちに行ったり、勉強をしたり、同じ病気の友だちができて楽しく過ごしました。一方で大変なこともありました。インスリン注射を自分で打てるようにならなくては退院ができないと言われて…。頑張って練習しました」
保健室での注射や捕食…復学して抱いた孤独感
退院した大村さんは、3年生になっていました。復学後、大きく変わったのは、定期的な血糖値測定とインスリン注射が必要になったこと。
これまで普通の小学生として過ごしてきた大村さんにとって、病気の治療と折り合いをつけるのは簡単なことではありませんでした。
「測定時や注射を打つ際は、保健室に行っていました。さらにインスリン注射の影響で低血糖になるとフラフラになってしまうから、補食(エネルギー不足を補うためのジュースやクラッカーなどの軽食)をとらないといけません。でも、周囲からは『大村君だけおやつを食べられていいなー』と言われてしまって…。別に食べたいわけではなく、生きるために必要なことなのに、それを理解してもらえない葛藤がありました」
定期的な血糖値測定は、食事をすると血糖値が上がるため、インスリンの量や効き方を確認するために行います。食前、かならずインスリン注射を打つのも、生きるために必要なこと。
健康な人は食事をとると自動的にインスリンが分泌されて血糖値の上昇を抑えますが、1型糖尿病の人はそれができないため、食事の前後に血糖値が上がりすぎて高血糖状態が続いてしまうのです。
「どうして周りはわかってくれないんだろう…と、苦しかったです。補食をとるのも、給食前に注射をするのも、生きるために必要なことで、自分がやりたいことではありません。でも、周囲は不思議そうに『どうして自分で注射をしているの?』と聞いてきます。もちろんそれは、純粋な気持ちからだったんだと思います。でも、当時の僕はまだ、自分でも病気のことを受け入れきれていませんでした。1人に病気について説明をしても、また別の子から同じように聞かれる…。それを繰り返していくうちに『誰も自分のことをわかってくれない』という、苦しさが生じてしまったんです」
学年が上がるなかで、大村さんは次第に病気について隠すようになりました。そんななか、小学5年生になったとき担任の先生からある提案がありました。
低血糖でフラフラになりながら、職員室に預けた補食を取りに行く大村さんを見て、「友だちに病気のことを伝えて、取ってきてもらったら?」と勧めてくれたのです。
「誰もわかってくれない」を覆した、担任の一言

親身に大村さんのことを考えてくれた先生からの提案。けれど、それは大村さんにとって、嬉しい提案ではありませんでした。
「どうして自分だけ、嫌な病気のことを話さないといけないのか…という気持ちでした。その思いを受け止めてくれた先生は、『学年全員が、それぞれ今悩んでいる悩みを打ち明ける会を開こう。みんなで解決できることはないか、考えてみよう』と提案してくれたんです。僕だけでなく、他の友だちも、それぞれ自分たちが抱えている悩みについて、発表したんです」
大村さんの病気についての発表を聞いた友だちたちは、1型糖尿病についてきちんと理解し、ごく自然に受け入れてくれたそうです。
そして大村さん自身も、全員の発表を聞くうちに、たくさんのことを気づきました。
「一見元気に過ごしている子も、家庭や体型の悩みなどそれぞれ困りごとがあるんだとわかったんです。僕だけが病気で大きな悩みを抱えていると思っていたけれど、決してそんなことはありませんでした。誰でも何かに困っていて、悩んでいる。そのことに気づいたのは、自分のなかでとても大きな出来事でした」
こうした経験は、大村さんにとって大きな気持ちの変化となりました。病気や注射について、「どうして自分だけが」と認められずにいたのを、ようやく認められるようになったのです。
教室のなかでも注射を打つのも抵抗がなくなり、周囲も、日常の光景として見てくれるようになりました。
「困っている人みんなが住みやすい環境」を目指して幅広い活動も

病気だけを特別扱いせず、誰でも同じように悩みや困りごとを抱えていると気づいた大村さん。
その後、本格的にエアロビック競技に取り組むようになり、ジュニア世界大会(ユースの部・ジュニアの部)で世界チャンピオンに輝きました。
2016年にエアロビック競技選手を引退後は、指導者としてのキャリアをスタートさせています。
それと並行し、1型糖尿病だけではなく、さまざまな病気や障がいで困っている人みんなが住みやすい環境にするための活動も続けています。
「困っている人全員が暮らしやすい環境が整うと、結果的に1型糖尿病の人も助かることがたくさんあるんだと気づきました。たとえば、糖尿病患者の方のなかには、人工透析を受けている方もいます。でも、人工透析を受けているのは、腎不全の患者さんも同じ。災害が起きたときなど、治療が受けにくくなっている人たちが、協力し合っていける仕組みを作っていければいいなと思います。この考えは、5年生のときの『みんなで悩みを打ち明ける会』が原点だと感じています」
深い葛藤を乗り越えられたのは、周囲が病気を受け入れてくれたからと話してくれた大村さん。
同時に、自分自身も「周囲の友だちもみんな悩みを抱えている」と気づいたのが大きいといいます。誰でも何かしらの生きづらさや困りごとを抱えているなかで、誰もが自分らしく
そして同時に、自分もまた周りの「見えない悩み」を知ることができたからでした。
誰もが何かしらの生きづらさや困りごとを抱えて生きています。
大村さんが紡ぐ言葉と現在の活動は、病気の有無に関わらず、私たち一人ひとりがお互いを思いやり、誰もが自分らしく安心して暮らせる社会を築くための、大切なヒントを教えてくれています。
【プロフィール】大村詠一(おおむら えいいち)さん
おおむらえいいち。1986年生まれ。4歳でエアロビックを始め、8歳のとき、1型糖尿病と診断される。10歳で競技の世界へ進み、高1・高2で世界大会ユースの部2連覇。その後も日本代表選手としても活躍。現在は後進の育成や広報にも携わりながら、病気とともに歩んできた経験と競技生活で培った挑戦の力を活かして活動。
2023年より一般社団法人ピーペックに参画し、多様な立場と協働する中で社会課題に向き合う視点を広げてきた。その経験を礎に、当事者の声を社会に届ける糖尿病アドボカシーグループDicHub(ディックハブ)を設立、共同代表を務める。
<そのほかのインタビュー記事を読む>
▶【1型糖尿病のエアロビック競技 元世界王者】深夜22時までの猛練習、筋肉が張る高血糖を越えて…大村詠一さんが糖尿病の「偏見」に挑む訳
取材・文:さいだ多恵
写真:大村詠一
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